こんばんは、心閑堂です。
約8年前にブログで綴った記憶を、改めて詳しく紐解いてみようと思います。
私がかつて体験した「前世」の光景
処刑される光景
単なる夢だったのでしょうか。しかし、肌に触れる空気の質感やその場の温度、あらゆる感触が、今ここにある現実と同じほど鮮明で、リアルに迫るものでした。
私はすでに捕らわれの身でした。冷たい木製の床に顔を強く押し付けられ、後ろ手に縛られたまま跪かされています。身動き一つ取れません。反対側のこめかみには、銃口のひんやりとした冷たさがはっきりと伝わってきます。隣には、自分と同じような境遇の者たちが何人も横一列に並んでいるのがわかりました。
少し離れた場所から、3カウントに続く「バーン」という乾いた銃声が響いてきます。そのカウントがどこの国の言葉だったのかは分かりませんが、不思議なことに、今の私が日本語の「3、2、1」として理解するのと全く同じ感覚で、その意味が頭に直接届いてくるのでした。
処刑のカウントダウンが刻一刻と迫るにつれ、私の鼓動は常軌を逸した速さで激しく打ち鳴らされます。「ついに、自分の番が来たのだ」という絶望。激しさを増す拍動は、今にも胸を突き破って飛び出してきそうなほどで、まるで口の中から直接その音が響いているかのようでした。
「3……、2……」。先ほどまで耳にしていたものとは異なり、そのカウントは驚くほど緩やかに、一音一音が引き延ばされたように響きます。「2……」。鼓動はまさに限界というべき最高潮のピークに達しました。しかし、「1……」という声を聞き終えるか否かの瞬間に、あれほどまで騒がしかった心臓の音は、ぷつりと消え去ったのです。
意識体となり宇宙へ旅立つ
その瞬間、私の肉体からは一切の重みが消え去りました。「軽い」という一言では到底言い表せない、実体はありながらも何も纏っていないかのような、不思議な感覚です。吸い込む空気の重みさえ感じられないほど澄み渡った状態で、私はそのまま上方へと引き上げられていきました。
雲を突き抜け、鮮やかな青い空を通り越し、ゆっくりと大気圏の外へと滑り出していきます。その境界を越える頃、私の姿は一つの「光の玉」へと変化していました。形こそ変われど、それが紛れもない自分自身であるという確信だけは、はっきりと胸に刻まれていました。
意識としての「私」は、さらに宇宙の深淵へと上昇を続けます。ふと見下ろせば、先ほどまでいた地球は遥か遠く、豆粒のように小さく霞んでいました。
やがて視線の先には、自身を遥かに凌ぐ巨大で円環状の、強烈な輝きを放つ光の領域が姿を現しました。そこへ還っていくことへの震えるような喜び、そして深い安らぎと祝福の念に包まれながら、私はその光の中へと吸い込まれるように登り詰めていったのです。
弁財天のお出迎え
魂の故郷とも呼べるその光の領域へと、今まさに足を踏み入れようとした刹那、私の前に弁財天様が姿を現しました。弁財天様は七福神における唯一の紅一点であり、多岐にわたる功徳を持つ、非常に親しみ深く多才な仏様(神様)として知られています。その起源はインドのヒンドゥー教の女神「サラスヴァティー」にあり、仏教の伝来とともに日本へと渡り、独自の信仰を形作ってきました。音楽や芸術、言葉といった知的な営みを司る一方で、日本では金運や豊穣を象徴する神様としても深く崇められています。
日本独自の姿「宇賀弁才天(うがべんざいてん)」
弁財天様を語る上で欠かせないのが、日本独自の信仰の形です。日本に伝わった後、日本古来の「宇賀神(うがじん)」という神様と習合(結びついて一体化すること)しました。
- 宇賀神(うがじん)とは 頭が人間の老翁で、体が蛇(または龍)の姿をした神様です。五穀豊穣や生命力、宇宙の根源的なエネルギーを象徴する土着の神様とされています。
- 頭上に宇賀神を頂くお姿 この二つの神様が融合した「宇賀弁才天」は、頭の上に鳥居があり、その中に小さな宇賀神が乗っているという、非常に神秘的で力強いお姿をしています。八本の腕を持つ「八臂(はっぴ)弁財天」として表されることも多く、剣や宝珠など様々な道具を持ち、あらゆる願いを叶える力があるとされています。
芸術や音の波を司る優美な側面と、宇賀神としての根源的で力強い生命力の側面。この両方を併せ持つのが、日本の弁財天様の大きな魅力であり特徴です。
魂の再来:宇賀弁財天様による導き
光り輝く魂の故郷を目前にしたその時、私の前に現れたのは宇賀弁財天様でした。
弁財天様が私の魂に向かって「ふーっ」と息を吹きかけると、その瞬間に私の意識は猛烈な勢いで宇宙を逆走し始めました。 瞬く間に地球へと引き戻され、「ああ、また戻ってしまうのか」という抗いようのない絶望感に襲われました。
しかし、次の瞬間。私は現世のベッドの上で意識と融合しました。 あれほど激しく打ち鳴らし、止まっていたはずの鼓動は、今では穏やかに、そして静かに時を刻んでいました。
私は目が覚めて、現世に戻ってきたのだと静かに実感したのです。
私が観たもの
この時、私が目の当たりにしたのは、肉体を離れた魂と意識体が辿る、その先の光景でした。魂は形を変えて意識体となり、次元の壁を越えて広大な宇宙へと旅を続け、やがては大いなる魂の故郷へと帰還していきます。それは「ハイヤーセルフ」や「量子的空間」といった言葉でも表現されるような場所かもしれません。
私はこの一連の魂の旅路を見せられた後、再び現世へと呼び戻されました。一時的に身体を離れ、その境界まで辿り着いたからこそ、これほどの光景を観ることができたのでしょう。そしてこの体験を通じて、私は自分に宇賀弁財天様が常に寄り添ってくださっているのだと、確信に至ったのです。










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