この記事は、「家族のため」「社員のため」「お客様のため」と自分を押し殺して働き続けた結果、心の中にポッカリと穴が空いてしまった(強烈な空虚感を抱えている)方へ向けて書いています。
第6回となる今回は、すべてに絶望し「自分が生きている理由は社員に給料を払うためだけだ」と限界を迎えていた私が体験した、ある不思議な出来事についてお話しします。
誰かのために生きる「自己犠牲(有為)」が限界を迎え、強制終了が起きた先に待っていたもの。今、生きる意味や働き方に迷い、真っ暗闇の中にいる方は、ぜひこの「反転の記録」をお読みください。
【自分のために生きているか?】
当時の私は、自分自身のことを顧みることなく、ただひたすらに誰かのために行動することで、胸の中に広がる大きな空虚感を埋めようとしていたのだと思います。連日のように朝から晩まで店舗にこもりきりで働きづめでした。さまざまな思いが頭を巡るものの、自分自身の心と落ち着いて向き合い、振り返るような余裕は一切ありませんでした。
満足な睡眠すら取らない日もありましたが、むしろ極限まで自分を追い込んでも構わないとさえ思っていました。この世界に対する執着や未練はとうに失われており、「自分が生きている唯一の理由は、社員に給料を支払い続けるためだ」——本気でそう思い詰めながら、日々を過ごしていたのです。
プライベートで自分のための時間を割くこともありましたが、それが自分自身の心からの喜びに繋がっていたかといえば、今となっては甚だ疑問です。結局のところ、そこでも他人のために時間やお金を何となく費やして満足した気になっていただけだったように思います。
【前世夢が教えてくれたこと】
苦境に陥って3年ほどが経過した頃、ある非常にリアルな夢を見ました(以前、別のブログでも書き残したことがあります)。
夢の中の「わたし」は、両手を後ろ手に縛られた状態で木の甲板へ伏せられ、頭を足で踏みつけられていました。右のこめかみには、ずっしりと冷たい鉄の感覚がめり込んでいます。周りを見渡せば、同じように捕らえられた人々が一列に並ばされているようでした。確実に死が迫っているという予感に包まれ、現実の私の心臓も激しく打ち鳴らされていました。
現実のわたしも当てられている銃口の冷たさや重さ、周りの空気感もリアルに感じていました。
列の端からは、3つのカウントダウンに続いて銃声が鳴り響きます。容赦なく、途切れることなく執り行われていく処刑。直接その光景は見えずとも、「わたし」の順番が着実に近づいているのがわかりました。死が刻一刻と迫るにつれ、心臓の鼓動は張り裂けんばかりに高鳴っていきます。
ついに、「わたし」の番が訪れました。こめかみに押し当てられた冷酷な銃口の感触。そして始まったカウントダウン。
『3』——その声(日本語ではないはずなのに、なぜか理解できました)とともに、鼓動はさらに速く、強烈さを増します。耳の奥にまでドクドクと響き渡り、全身が電流を流されたかのように激しく震えました。
『2』、『1』……。
「1」のコールが発せられた直後の記憶は残っていません。口から飛び出しそうなほど暴れていた鼓動が一瞬でピタリと止まり、あたり一面を完全な静寂が包み込みました。
横たわっていた現実のわたしにも、同じように静けさが訪れていました。重力も周囲の空気の流れも感じられず、息すら止まっていましたが、不思議なほど心地よい軽やかさに満ちていたのです。呼吸が止まっているにもかかわらず、「確かにわたしは生きている」という揺るぎない実感がありました。この特殊な感覚は、過去に何度か経験した臨死体験に近い状態と酷似しています。
そのとき、意識としての“わたし”はひとつの光の球と化していました。光の球は天井をあっさりと通り抜け、屋根を越えて夜の暗闇へとぐんぐん上昇していきました。雲を抜け、地球の層を離れ、やがて果てしない宇宙空間へと躍り出たのです。その茫漠たる宇宙の果てに、一際大きく眩い光を放つ存在が見えてきました。「ああ、ようやく本来あるべき場所へ帰れるのだ……」という深い安らぎと実感が胸に満ち、自然と涙が溢れ出しました。
ところが、その大きな光へと引き込まれるまさに直前、目の前に優美な女性の神様のような存在が立ち塞がりました。感覚としては弁財天様、あるいは観世音菩薩様を思わせる雰囲気を纏っておられました。その神様が手にしていた扇をひらりと煽ると、光の球である“わたし”は一気に押し戻され、地球に向かって猛スピードで降下を始めたのです。
そのまま天井を突き抜け、部屋に横たわる肉体の“わたし”と再びひとつに統合しました。すると、停止していた心臓が静かに打ち始め、次第に規則正しい通常の脈拍を取り戻していきました。途絶えていた呼吸が戻り、身体が持つ独特の重みが体感として蘇ってきたのです。
肉体へと引き戻してくださった神様は、直接言葉を発することはありませんでした。しかし、わたしの意識にははっきりと、次のようなメッセージが感覚として響き渡ったのです。
「これまでのあなたは一度命を終えました。これからは、あなた自身の人生を歩みなさい」
この出来事をきっかけに、わたしは本当の“自分自身”を取り戻すための次なる一歩を踏み出すことになります。
続く→次回は【わたしI’m→「わたし」I】へと変化していきます。それは自我から自己への自分になるきっかけになります。お楽しみに!






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